7 Films カメラマンズ

cameramans01

形式: CD

《男と女が写ってる7本のフィルム》

1.Rollin’ Stone
また夜になった。吹く風が焼けた類を撫でてゆく。若いお前と暮らした街を、おれはひとりで歩いてる。
この道はどこへ続いているんだ。お前の無邪気な笑顔を思いだしてる。涙が出て来そうだ。「さあ、踊ろうぜ」

2.悪人
気を付けろ、モニタ画面の向こうから悪人がお前の顔を見てせせら笑ってる。勇気を振りしぼり、押絵の世界から飛び出すんだ。まだ見ぬ春を見に行こう。そこには蝶が舞ってるらしい。

3.匂い
ブルーズの好きな女と一緒に駆け抜けた時代。ここにはもう、古い昔話しかないんだ。でもあのモーテルの匂いだけは今でもふと漂って来る。狭い部屋の屋根裏におれたちの夢を置き去りにして来たけれど、ボケットの中にゃ匂いだけが残ってる。

4.FogLamp
若い頃に書いた曲を、若い世代に聴いてもらいたい。霧深い夜は、キミの甘い声を思い出す。

5.酒瓶の中のブルーズ
彷徨い続け、行き着いた先は、燃え盛る炎の中だった。そんな地獄もいいじゃないか。
だってふたりは、酒瓶の中で声をひそめて暮らすしかなかったんだから。

6.冬のハーモニカ
薄紅色のコートを見かける度、幸せそうに微笑んでいたキミを思い出す。子供たちは元気かい?

7.タ暮れて
赤い橋を渡った日、気が付けば、もう30年も経っていた。まだ音楽をやっているのかい?とりあえず、おれはまだ唄ってる。でもおれのギターはおれの心とおんなじで、すっかり擦り切れてボロボロだ。
食えない暮らしのまま、人生が夕暮れてきた。

即興演奏がナウい

音楽を聴き、奏でることが何故、人生の想いへと重ねて合わせられるのか?
すべての偶像やプロパガンダを拭い去って、それだけを考察しよう。
誰かの思惑に動かされることなく、人の世に音楽が存在する不思議についてのみ。

2011年12月より月1回のフリーインプロヴィゼーションセッションの催しを行なっています。
音楽を聴き、奏でることに長けた者同士であれば、何の打ち合わせや約束事が無くとも、ただお互いに音を出し合うことで、そこに音楽を招き入れることが可能であると信じていました。そのことの、はっきりとした根拠を示すことの必要性も当時は特に感じておりませんでした。
そして、それは奇遇にも出会えた仲間によって、そのとおり可能であることが証明されたと思います。
(第1回目セッション動画)
https://youtu.be/WYTrGx1ozE4
以来、その時々、メンバー出会いの妙によって、崇高から陳腐まで様々な音楽の現れを体験して来ており、それらのほとんどは録音に残されております。
すべてのセッションが、また、ひとつのセッション内であっても、その全体において常に音楽が現れているわけではありません。
しかし確実に何かが生まれた瞬間や、生活時間を越えた導きが現れている持続を、録音の中から感じる時があります。
そういったわけで、偶然、恵みを受けた記録(レコード)を、馴染んで頂き易いスタイルでお届け致しております。是非ご参加ご賞味ご支援を宜しくお願い致します。

https://studiomandg.bandcamp.com/music

Why is listening to and playing music superimposed on the feelings of life?
Wipe away all idols and propaganda and consider only that.
Only about the wonder that music exists in the human world, without being moved by someone’s speculation.

Since December 2011, we have been holding a monthly free improvisation session.
I believed that if you are good at listening to and playing music, you can invite music to each other by just making sounds without any meetings or appointments. At that time, I didn’t particularly feel the need to provide a clear rationale for that.
And I think that it was proved to be possible by a friend who met strangely.
(1st session video)
https://youtu.be/WYTrGx1ozE4
Since then, from time to time, due to the strangeness of member encounters, I have experienced various appearances of music from sublime to stale, and most of them are recorded.
Music does not always appear in all sessions, or even within one session.
However, there are times when you can feel the moment when something is born, or the continuation of guidance that goes beyond your life time, from the recording.
For that reason, we happen to deliver the blessed records in a style that is easy to get used to. We look forward to your participation and support.

水島楽器とは

楽器も売っていないのになんで水島楽器なんだ?と我ながら思いますが、この度、音楽計画を発動し始めた時点でようやく見えてきました。
水島楽器というのは、水島楽器クラブの略で、水島にある楽器同好会という意味だったようです。
楽器が好きというのは、よく言えばある種の特権階級みたいなものですから、このクラブはロータリークラブやフリーメーソンのようなものだと捉えることが出来ます。

studio m&gという看板も掲げていますが、これも同様に長らく意味がわかっていませんでした。
が、ここに至り、m&gというのはMusic & Gomiだということが判明しております。音楽とそのゴミ、といった感じです。

また、音楽計画における音楽については、以下のように説明できます。
例えば集合的無意識とか神様とかと言うとファンタスティックに聞こえますが、我々がヒトであるという現実を想い、皆がヒトという同じOSを積んでいると認識すれば、誰もが共通の反応を示す機能があるのは当然と言えます。
そして、音という物理現象に何らかの機能が働くことを我々は音楽と呼んでいます。
物理的な空気の振動は音であり、それを物理的にとらえる感覚が聴覚であり、その上位層で起こる反応、それが音楽です。そしてさらに、その音楽を目指して演奏したけどそれには至らなかった行為のことをゴミと呼びます。

次回は、その上位層で起こる反応にも種類があり、反応しているのが音楽ではない場合もあることについて考えてみます。

GIFTED音楽サイクル

GIFTED

||: セッションに参加し演奏する。聴く。
| GIFTEDを発掘して、作品を制作する。聴く。
| 作品を捧げ、提案する。聴かせる。
| 語り合い、鍛え、修復または復讐する。聴かせる。:||

即興演奏=生きる力 - 共助・自助・公助(笑)
・人と合わせる、人に合わせる - 共助
・じしんの技術を磨く - 自助
・聴衆に音楽を聴かせる - 公助

GIFTEDレーベルとは

音楽の因って来たるものは遠い。
自身の生死、家族への配慮、この人生においていかなるものよりも深い。
噛めば噛むほど味が出る、これをかみといふ。

人知を超えた何かであるがゆえに、人の介入を許すとイミテーションになり、痩せ細り、他の装飾品を纏わせて誤魔化さざるを得なくなる。この誤魔化し装飾品を音楽だと思い込んでいる業界人や愛好家たちも多数おられると思います。(ここに至り、ヒトがゼニを使える目的は保身と自身の飾り付けだけ、という副次命題も得られた。)

-古代ギリシャ時代、音楽は宇宙の真理を解明する手段として、あるいは人や国家の在り方の一要素として、大きな視点の一部として論じられた。- 『西洋音楽の歴史』アルテスパブリッシング

アポロ/ディオニュソス オルガヌム→ハーモニー

音楽-「音」を「感じて」「楽しむ」
言語化以前の体験の感慨を記憶に再生させる。
例えば、呼吸を制御するだけで人間は自身をコントロールすることが出来るが、殆どの瞬間で人はそれを忘れている。
それと同様に、音楽を奏でることによってどこに何を与え、音楽を享受することによって自身は何を得ているかについて、人の関心の眼は殆ど曇らされている。

フィリップ・K・ディック『ヴァリス』
-秘密教典書-
37-9 われわれは各々私人になり、識閾下では別として、もはや〈脳〉の共通思考を共有していない。したがってわれわれの本当の生活と目的は識閾下で行なわれるのである。

知らない人、知らない音楽にも耳を傾けて、いいなあと感じる時、に出会い続ける。

音楽がわかると何故生き易くなるか。音楽にハマると何故生き辛くなるか。
現実と虚構を分けて希望を見出すから。

音という物理的な現象が人の精神に作用することを楽しむ。それによって、人の感情・感覚や物理法則を常に問い直す力を得て頂く。
ユーザーの人生に対する免疫力・対応力を高める。

物理時間・社会システムの超越を説く。
天から降って来させるための教養。

新しいものの生まれ方(遺伝学的)←偶々混ざる←偶々を混ぜて生む。

臭いことしないために
・技術を磨く
・音楽を多数知る
・自身のドラマツルギーを育てる
・開放する精神

即興演奏=生きる力 - 共助・自助・公助(笑)
・人と合わせる、人に合わせる - 共助
・じしんの技術を磨く - 自助
・聴衆に音楽を聴かせる - 公助


音楽のための音楽(アーキテクチャー)計画
人の歴史や人の生活より先んじて、音楽と呼ばれている何かは、この星の要素のひとつである。

生体に先んじて大気があり、人をはじめとする様々な生命はそれをインフラとして在り様を規定する。

音楽は既に人の歴史や人の生活、身体の仕組みに浸透しており、行為や必要性に応じて、人はそれを具現化する。

その発露は、歴史的には偶発的なものとみなされており、人の社会ではその成果をより計画的に得る為、楽器を生み出し、その奏者を専門化させ、作曲者を個別化させる取り決めを作った。

社会が産業化するなか、再現性が望まれることになり、楽典や記譜法による複製技術が発展し、さらに録音技術とメディアによる音楽享受が自明とされる時代があった。

さて、改めて、現在言われている音楽は、音という自然現象を人の感覚、そして感情を通して現れているものである。つまり、人を通してのみ音楽は現れる。
音楽を享受する者は、身体的に音楽が何であるかを知っており、しかし奏者は常にそれを射当てるとは限らない。

例えると、食べ方は(身体が欲するがゆえに)知っているが、その源は人の知識を超えたところにあり、発生を制御することが不可能な食材とみなせる。
発生する原理は不明、ただ採取するのみ。ゆえに、収穫して仕分ける作業が必要。

これらの原理によって音楽の発生意志を問うことなく、本来、人の生にとって必要な音楽を得るための需要供給サイクルを考える。

—–以下、音楽のための音楽計画、Gifted音楽サイクル。

https://studiomandg.bandcamp.com/releases